アートな小部屋・春宵一刻 vol.4「ワガノワ・バレエ・アカデミー」

春宵一刻_バレエ

日本ではあまり馴染みがないかもしれないクラシックバレエ。
バレエは、フランスで生まれイタリアで育ちロシアで成熟したといわれている。
馴染みがないといっても、近年、日本のバレエ教室の多さ、バレエコンクールの過熱ぶりは各国を凌ぐ勢いがある。

2019年9月にNHKBS1スペシャルで放送されたドキュメンタリー「バレエの王子になる!〜“世界最高峰”ロシア・バレエ学校の青春〜」は、バレエの過酷さと素晴らしさを実に上手に表現していた。

ワガノワ・バレエ・アカデミーの美しいバレエ男子たちの卒業までの90日間を追ったドキュメンタリー。なかなか秀逸で、アメリカ国際フィルム・ビデオ祭銀賞、ニューヨーク・フェスティバル銅賞も受賞。たびたび再放送されている。
ロシアではバレエはいわば国技みたいなもの。バレエダンサーは国家公務員。日本と違い、しっかりとした資格制度があるので、教えるにもディプロマが必要なのである。そして、ここが重要で、好きだからなれる職業ではない。選ばれし者しかなれないのだ。スキルがある、容姿端麗は当たり前。体重制限も厳しく、太りやすい体質にはイエローカードである。こんなことが日本で起こったらどんなブーイングがくるのだろう。

本作品に出てくる、ワガノワのツィスカリーゼ校長も本当に厳しい先生。日系の生徒アロンに対し、容赦ない言葉を浴びせる。背が低く、手が短いから優雅さがない、日本調のリズム感も問題だと指摘。聞いているこちらも心にズキっとくるほどだ。けれど、これはイジメではない。試験に合格させるための指導。そして長きにわたり、プロとしてやっていくための心得を教えているのである。人種差別ではなく、アロンの才能開花のための指導。だから才能はあっても努力嫌いなロシア人キリルにも、記念すべき卒業公演の役さえ与えない。徹底した指導方針だ。

昨今、日本では、努力が毛嫌いされる傾向にある。能力主義は毛嫌いされ、優劣をつけない教育が望まれる流れがある。確かに行きすぎた競争は人間の精神の摩耗を生む。でも努力は美徳ではないのだろうか? 才能も努力なくして継続はできない。ましてや伝統芸術に携わる人間は、日々の鍛錬なくして人前に立つことはできない。ツィスカリーゼ校長は豪語する、「努力・努力・努力。それなくしてプロでやっていくのは難しい」と。そして「ボリショイ、マリンスキー、オペラ座以外は裏街道を歩くバレエ人生になる」。何とも激しい競争の世界だ。一般には受け入れがたい世界だろうか。

けれど、切磋琢磨したその姿に、私はどれだけ感動を覚えただろう。美しく気高く優雅なその芸術に、何度喜びを見出しただろう。世界的バレエダンサー森下洋子さんは言う。「一日休めば自分にわかり、二日休めば仲間にわかり、三日休めば観客にわかる」。この言葉が全てを物語っている。

書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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