「時には速く。時にはゆっくりと。時には、そのふたつの狭間のスピードで。スローな暮らしといっても、そのために駆けずりまわったり、必死になって時間を節約するようでは意味がない。スピードをあげざるを得ない状況にあっても、平静さを失わず、あわてふためいたりしないことが必要だ」
カール・オノレイ著『スローライフ入門』では、なにかと急がなければならない現代人の暮らしを、正しいスピードとバランスにすることを勧めている。
自然のペースにあわせた仕事をする農業では、速くたくさんの仕事をしなければならない農繁期と、ゆっくりと冬眠するかのようにペースを落とす農閑期のバランスがとても難しい。会社員として1日8時間、週5日の労働のテンポに慣らされてしまった身からすると、生活のリズムが狂うのだ。休みがない農繁期はまだいい。仕事がない農閑期は、「なにかしなければ」という焦りに似た感情に常に駆り立てられることになる。
コンビニ弁当から3食自炊する毎日へ
大切なのは、自分のペースをしっかりと保つことだ。つねに速くたくさんのことをしようとする都会のペースを引きずっているから、自然のペースが苦しくなる。
たとえば、移住してから毎日料理をするようになった。理由は単純で、近所に飲食店や惣菜店が少ないからだ。一週間の献立を考えて、食材を買い、毎日料理をする。以前の私では考えられなかったことだ。
東京に住んでいた頃は、夜帰宅したら、買ってきた弁当をビール片手にテレビを見ながら食べていた。忙しいときは、自分のデスクに座ったままコンビニ弁当で済ませるか、立ち食い蕎麦屋によって帰るかだ。だから、朝・昼・晩、3食自炊しなければならないのは、料理に苦手意識を持つ私にとって最初は苦痛だった。
一方、夫はそんな毎日を結構楽しんでいる。会社員時代は料理をする時間などなかった彼だが、時間ができると私より料理に積極的になった。YouTubeの動画を見ながら、彼好みの料理を作るのに時間を費やしている。味へのこだわりも強いので、妥協を許さない。一方、私は味に頓着しないので、喧嘩になったりするのだが(笑)。
夕食を食べたあとは、二人でゆっくりと映画を見たりしながら、日付がかわる前には就寝する。飲み会に行くことはほとんどない。それに、日の出と日の入りの時間を意識するようになった。暗くなれば家に帰るしかないのだから。天気が悪ければ、その日の行動を変えてゆくようにもなった。スケジュール表にびっしりと予定が埋まっていて、台風であろうと予定をキャンセルしなかった以前とは大違いだ。
最初は、こうした時間も惜しんで、勉強をしたり、仕事をしたりしなければならないのではないかと焦っていた。しかし、最近ではこんな時間の使い方ができるのは、ある意味で自然でスローな正しい時間の使い方なのかもしれないと思うようになった。
登山だってそうだ。ただ歩くという一見無駄に見える行為にも、価値がある。だから、農業の営みのペースに合わせながら、自分にとって正しい時間の使い方を見つけていこうと思う。それが本当のスローライフだと思うからだ。
書いた人/小林麻衣子
神奈川県出身、北海道在住。大学卒業後、農業系出版社で編集者として雑誌制作に携わったのち、新規就農を目指して夫婦で北海道安平町に移住。2021年4月からメロン農家見習いとして農業研修に励むかたわら、ライターとしても活動中。
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