アートな小部屋・春宵一刻 VOL.16 汝、星のごとく

「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」

印象的な一文で始まるこの作品「汝、星のごとく」を十分堪能できたのは、昨今では珍しいwi-fiのない飛行機に乗ったためだ。飛行時間は往復12時間。本を読むことしか楽しみがなかったフライト。350ページほどの小説の世界にハマっていった。

凪良ゆう、この人の作品が以前から気になっていた。美しい装丁が印象的で、何度となく本屋で見かけ、いつか読んでみたいと思っていた作家のひとりだった、彼女は2023年の「本屋大賞」を受賞。しかも2度目の受賞である。本屋大賞とは全国の書店員が選んだいちばん売りたい本。つまり誰もが読みたいと思ってしまう筆力がある作家といえると私は思っている。

一言でいうならば、彼女の言葉には、なんともいえない”哀愁”が存在する。まるで脚本を読んでいるように小説のワンシーンが容易にイメージできてしまうのが特徴だ。彼女の持つ文体・ストーリーの流れはとても秀逸で、どこまでも読み手を飽きさせない強さがある。あえていうならこの作品は単純な不倫劇でもないし、青春小説や単なる純愛ロマンスでもない。もっともっと深刻な物語だ。けれど、この作品に対する感想は読み手の過ごした人生によって分かれるだろうとも思えたし、それで良い、いや、その分岐こそが作家自体が望んでいる結果なのだろうと思えた。

この物語は、瀬戸内の閉塞感漂う島国で暮らす17歳の同級生、櫂と焼海、二人を中心に運ばれていく。私は飛行機の中で進んでいく物語に人目を憚らず泣いた。というより涙を堪えることができなかった。それは、どこか私の人生がこの物語の登場人物とリンクする部分があったからだ。この物語の登場人物達は全員どこか悲しいほど歪(いびつ)だった。

「まともな人間なんてものは幻想だ。俺たちは自らを生きるしかない」

「大人なんてそんな偉い生きもんやないよ」

少年櫂の言葉は、悲しいほど物語に暗い影を落としていく。無邪気であってもいいその時期にそれを許されない子達がいる。男に溺れ、我が子より男に夢中で、酔いどれに嘔吐してしまう吐瀉物を息子に片付けさせるネグレクトな母親に育てられる櫂。

一方の同じに街に住む同級生の焼海も、夫の浮気が原因で精神を病んだ母を抱えるヤングケアラーだった。いつも親の動向に翻弄され、自由に人生を選択することができずに逡巡している逃げ道のない女子高生。甘えることが特権のようなこの時期に、自由に夢を描くことさえ許されない。

「もちろんお金で買えないものもある。でもお金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくてもいい。それはすごく大事なことだと思う」

とアドバイスするのは焼海の実父の愛人、瞳子。本来なら憎むべき愛人なのだが、母と違い、経済的自立をし、自分らしく生きている女性・瞳子に憧れを抱いていく。しかし、病弱で経済的自立のできない母親の存在が焼海を傷つけ、失望させ、青春時代はあっけなく幕を閉じる。少女は自分を生きることができない自分の人生を受け入れていく。

この作品には多くの社会問題が存在していた。ネグレクト・ヤングケアラー・同性愛・ジェンダー。

一歩間違うと、悲惨すぎて大袈裟なドラマで終わりそうな題材を、そう思わせないのには理由がある。それはリアリティ。それぞれの登場人物が語る言葉に人生が見える。作家というのは不思議な職業でもある。作家・凪良ゆうもまた、親に翻弄され人生を送ってきた。小学5年の時、母親が出奔。以後、養護施設で育つこととなる。10代で自立する人生は壮絶だったと彼女は語っている。私は作家の人生をそのまま作品に投影するのは好きではないが、やはりここは多分に影響しているだろうことが推測される。実際、彼女は小説を書くことで救われたと語っている。そして彼女の作品が多くの読者に支持される理由を、自分もそうだったように、この”生きづらさ”に共感する人が多いからだと言っている。

それが真実なのか、その答えは私にはわからない。そうとも言えるし、そうでもないような気もしている。深い悩みはなかなか他人には伝わりづらいし、深い悩みほど他人には話せないものだ。そんなに多くの人が悩み深い人生を送っているのだろうかという疑問もある。ただ言えることは、悩みの大小はあったとしても、一定数の人が小説の力や文学の持つ普遍性を借りて救われているという事実である。私は、文学がそういった役割であってほしいと思っている一人である。たとえ、それが単なる絵空事だと笑われても、少なくとも私はそうして救われた一人だったし、忘れられないかつての小説の一文を心の支えにあの時の私は生きていたように思うから。

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書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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