アートな小部屋・春宵一刻 VOL.15 ボタニカ

久しぶりに書店で手に取った書籍の著者は「はじめまして」の作家さんだった。作品名は『ボタニカ』。作家は朝井まかてさん。正直、これまで存じない作家さんだった。プロフィールを見ると、いくつか賞も受賞されているので、実力のある作家なのだろう。ただ、私にとっては初めての出会い。読み始めて作家特有のリズムにほんの少し馴染めなかった。これはどういったものか…。多分、私自身の読み方の癖もあるだろうし、朝井さん自身が持つ文体の個性もある。要は読書も恋愛に似ているのかもしれない。一目惚れもあれば、なかなか相手の真意が分からず、慣れるには時間がかかる。そういったものなのかもしれない。さらに、史実に沿った話が多いためか、最初は重々しくページを開いていたが、そのうち呼吸があってくると自然にページが進んでいった。

この作品は現在放映中NHKの朝ドラ『らんまん』の主人公牧野富太郎を描いた作品だ。朝ドラでのネーミングは一字違いの牧野万太郎。実際の人物は「牧野富太郎」。日本で名だたる植物学者だ。劇中では富太郎(万太郎)を神木隆之介君が演じている。当然、この作品は原作であって脚本ではない。だからドラマの中の富太郎は、神木君の雰囲気にピッタリの清潔感と愛くるしさを備えた人物として描かれている。

実はこの作品を私が読みたいと思ったのは、この朝ドラがきっかけだった。植物学者というあまり馴染みのない世界に興味を持ち、さらに、日本のあらゆる植物を調べ、世界的にも認められる事典を作ったという人物に興味が湧いた。劇中の富太郎(万太郎)はとにかく純度が高い。寝食忘れ植物採集に没頭。いつも植物に話しかけ植物愛が止まらない。加えてなかなかの人たらしで、失敗も多いが、とにかく猪突猛進で、邪心がないので、誰もが愛さずにはいられないキャラクターとして機能していた。その戦略に私がまんまとハマった形となり、「原作を読んでみたい」。ふと、そういった感情に駆られたのだった。

しかしである。当然といえば当然なのだが、読み進めるうちにこの人物像、原作と全然違うジャン!!!!と唸ってしまった。いつものごとくネタバレご了承いただくが、はっきりいって神木君演じる万太郎と実存した富太郎は別物でしかない。だからこそ名前も原作と違ってるしといわれればそれまでなのだが。それにしても人物像に関しては差がありすぎる。牧野富太郎は間違いなく天才だ。だからこそ天才故の熱量で他人に相当迷惑をかける節。それがドラマの中では少々過激な天才植物学者程度。しかし、原作では少々どころか、自分の研究のために家族は年中金銭問題に苦労、実家の酒藏も潰してしまう超個性際立つ人物だ。だから奥さんは年がら年中金策に走る生活。加えて英雄色を好むなのか、なかなかの女好き。家は子沢山の貧乏世帯だから、奥さんは常に夫を支え、金策に励む。とにかく奥さんの健気さが際立ち、読めば読むほど私の中で違和感が大きくなった。

朝からこんなリアルな設定は無理でしょうね。しかもNHK上この設定では朝ドラはね無理よね!と分かりつつも。なんともやるせない気持ちの残る読了だった。実際の牧野富太郎は強烈な個性の持ち主で、唯一無二の研究成果を残し世界植物学会に大きな功績を残した。反面、この研究は実家と妻の多大なるサポートがなければ成り立たなかったものだ。普通に考えれば自分勝手で迷惑千万なのだが、そこを凌駕してしまう富太郎が持つ果てない魅力と才能があったのも事実。結局、多くの場合、常識を超えるような何かを持つ人物というのは、常識の範疇に収まらない個性と表裏一体ということなのではないだろうか。私が感じた違和感はここだ。日本の教育はとにかく善良で全てが丸く収まることだけを美学とするけれど実際の人間は違うと思う。特に、いわゆる天才と呼ばれる人は、強烈な個性によって類まれな作品を残し、時代を変える。

例えばアップルのスティーブ・ジョブズ、テスラのイーロン・マスク、岡本太郎etc。天才と呼ばれる彼らにはお騒がせの一面がある。けれどだからこそ、彼らには凡人には見えない景色が見えているともいえる。であれば、多様性を求める昨今なのだし、そろそろ国民的番組も一律的な価値観の番組構成のあり方を今一度再考しても良い時期に入っているのではないか。作っているのはノンフィクションドラマなのだからといわれるのがオチだが、せっかく日本が誇る植物学者を「イメージ」して描く物語なのだから。割とリアルに描いてもいいのではないだろうかと思った次第ある。その方がよほど今を生きる人に夢と希望を与えるのではないか?と思うのは私だけなのだろうか。

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書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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