LINKな人 vol.11 杉田知子さん(ヴァイオリニスト)

北海道には、美しい唄と書いて「美唄(びばい)」という市があります。かつて炭鉱で栄えたこの美唄市出身のヴァイオリニストが杉田知子さんです。現在は、札幌を拠点に各地で演奏活動を行っている杉田さん。彼女の奏でるヴァイオリンの音には深みがあり、ジャンルを超えてたくさんの人を魅了する力を感じられます。同じ楽器でも奏者によってこんなに音の伝わり方が異なるのだと驚かされます。今回のLINKな人はそんな杉田さんを紹介します。

身近なところに豊かな自然と芸術が。本物に触れて育った幼少期

昭和34年生まれの杉田さん。小学校4年生まで美唄市で暮らしていました。当時の美唄市は炭鉱の町として栄え、町にはたくさんの学校や病院があり、映画館などの娯楽施設もありました。知子という名前を付けてくれた祖父は、ハイカラで芸術にも造詣が深い人物。のちに美術協会の会長も務め、美唄出身の世界的彫刻家・安田侃とも親交がありました。「祖父は、行政の仕事に携わる一方、趣味で絵を描き、畑仕事もしていました。『本物を見ろ、感動は宝だ』が口癖で、芸術に触れること、そして美唄の豊かな自然の素晴らしさを教えてくれました。祖父の影響はとても大きいですね」と杉田さんは振り返ります。

テレビで見たヴァイオリンに惹かれ、5歳から習い始めた杉田さん。美唄の祖父はもちろん、母方の祖父がヴァイオリンをやっていたこともあり、「両親ともに芸術に対しては理解がありました」と話します。高校教師であった父の転勤で、美唄からオホーツク海に面した佐呂間町へ引っ越した際も、両親は北見市のヴァイオリン教室に通わせてくれたそう。「両親は、月2回、片道2時間かけて北見まで連れていってくれました。今考えても本当にありがたい話です」。

洋楽や映画に夢中になったことも。それでもヴァイオリンは続けていた

中学生になった杉田さんはヴァイオリンを続けていましたが、ロックをはじめとする洋楽や映画にも関心があり、レッスンで北見へ行くたびに雑誌「ロードショー」「ミュージックライフ」などを買っていました。「それに対して両親は何も言いませんでした。戦争を経験していた父は、命に対しての思いが強い人だったこともあり、命があってやりたいことをやれるならとことんやったらいいと思っていたようです」。

札幌の高校へ通い、ファッションや遊びなど流行も追いかけながら多感な10代を過ごします。それでもヴァイオリンは好きで、レッスンは続けていました。高校卒業後は、フェリス女学院短期大学音楽科へ。「横浜に住んでいたのですが、ハマトラ全盛期で、ディスコに通ったりもしていました」と笑います。

卒業後は札幌へ戻り、ヤマハで音楽講師をする傍ら、札響にもエキストラとして参加するなど、フリー奏者として活躍。「20代、30代は振り返ると本当に慌ただしかったですね。結婚、出産を経て、子育てをしながらヴァイオリンを続けてこれたのは、親や周囲の方たちのおかげ。シングルになったあとも周りがサポートしてくれて…、本当に感謝ですね」。

ジャンルを超えて幅広く活動。人に寄り添うことを大事に演奏

杉田さんはクラシックだけにこだわることなく、ポップスやジャズなどあらゆるジャンルの演奏を行います。「好奇心が旺盛というのもありますが、人とのご縁を大切にしてきたら、いろいろと声をかけていただくようになり、せっかく声をかけていただいたのだから挑戦してみようとやってきました」。テレビの演歌番組への出演、ロックシンガーとの共演、ダンスに合わせた演奏、病院や施設での慰問演奏など、本当にさまざまです。「ヴァイオリン奏者として自分の中に揺るがない軸はありますが、それはジャンルうんぬんではないんです。いつも〝誰かのため〟という想いを大切に演奏しています」と杉田さん。それは、「周りの人を大事にし、奉仕の心を忘れない母をずっと見ていたから、その影響かもしれません」と言います。依頼してくれた人のため、その場に集まった人のため、とにかく聴いてくれる人たちのために心を込め、寄り添うように演奏することを大事にしていると話します。

また、演奏活動と並行して続けているレッスンでも、「寄り添う」という気持ちを大切にしています。「生徒さんは3歳から90代までと幅広く、受講する理由もさまざま。一人ひとりに寄り添って、それぞれの目標や希望に合わせてレッスンしています。皆さんの『弾けたー!』という喜びや、『レッスンの日が楽しみ』という声がとても嬉しいです」。

これからは、歴史と食、人を繋ぐ豊かな音楽の時間を提供したい

杉田さんのヴァイオリン人生の中で、一つの転機になったのは、30代後半に依頼されたダンス公演の演奏だったそう。「創作ダンスの公演で、水をテーマに1人で演奏して欲しいとお願いされたんです。いろいろと考えたのですが、水は豊かな自然や森、命を育みます。それで、生まれ故郷の美唄の自然を思いながら演奏しました」。それ以来、景色を感じられるようなライブコンサートを開催するようになり、2018年からは安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄で定期コンサートを行っています。「美唄は私の原点。豊かな自然に囲まれ、インスパイアされることがたくさんあります」。今年は10月22日(日)に開催します(詳細は最後)。今回のコンサートでは、チェロ奏者である息子の一芳さんとも共演。

人との繋がり、縁を大事にしてきた杉田さん。「たくさんの人との出会いが次の出会いを生み、みなさんのおかげで演奏させていただいていると感じていますし、ヴァイオリン奏者としてひと通りのことをさせてもらったと感謝しています。その上で、自分にはまだやるべき役割があるとも感じています。これからやっていきたいことの一つは、北海道の歴史、人、食を繋ぐ、豊かな音楽の時間を提供することです」。その土地へ赴き、そこに集まった人たちとそこの歴史を学び、その地でとれたものを共に味わい、そしてその場所で音楽に耳を傾ける。その場でしか感じ得られない豊かさを提供し、共有したいと話します。

杉田さんのヴァイオリンの響きに深みを感じるのは、生まれ育った美唄の自然、祖父母や両親の深い愛情、辛いことがあっても前を向く力強さ、そして人に寄り添う温かさなどが重なり合い、音として表れているからなのかもしれません。

◆杉田知子さんのコンサート情報

・「杉田知子バイオリンコンサート 美しき時と唄を今、ここに…」

2023年10月22日(日)14:00~
安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄
大人3000円、65歳以上2000円、中学生以下無料
予約・問い合わせはスリーエス☎011-858-1721

・「杉田知子バイオリンコンサート 美しき時と唄を今、ここに…」

2023年10月24日(火)14:00~、19:00~
渡辺淳一文学館(札幌市中央区南12西6)
3000円
予約・問い合わせは渡辺淳一文学館☎011-551-1282

・「朗読と音楽でつづる郷愁vol.4~スーホの白い馬と赤羽末吉の世界~

2023年11月3日(金・祝)11:00~、15:00~
渡辺淳一文学館(札幌市中央区南12西6)
3000円
予約・問い合わせは渡辺淳一文学館☎011-551-1282

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