この素晴らしき世界の、名もなき日々(5) 忘れな草の同窓会 Forget-Me-Not

古びた中華料理店に入った。用事を午前中に済ませて家に戻るつもりが、想定外にお腹が空いて、背に腹は変えられぬとばかりに目に入った初めての店に飛び込んだのだ。

昼どきの店内はカウンターに常連客がひとり、テーブル席に二人だけだった。入り口に近いカウンターに腰をおろし、画鋲で刺したビラが並ぶメニューから一つを女性店員に伝え終わると、急に手持ち無沙汰になった。雑誌も読みたいものがなく、テレビの音量も低い店内に年配の料理人と常連客の会話が聞くともなしに耳に入ってくる。

「いやね、長年店をやってても、料理のコツなんてのはそれほど無いんですよ。スープを煮立たせない、それだけかもしれないな」

常連客は自分の問いに答える相手に相槌を打つでもなく、別の質問をした。

「そういやぁ、あっちに帰るって言ってたけど、どうだった?同窓会は。楽しみにしてたじゃないか」

「いやぁ、それがね、皆んな半分ボケてるっていうかね。誰も俺のことを覚えちゃぁいないんですよ。」

「そうかぁ、地元を離れるとそんなもんかね」

「名前を言ってもね、へぇ、そんな奴、いたかねってね。もう二度と行きませんよ」

料理人の、平静を装った心の内側が静かな店内に余韻のように浮かんだような気がした。その時、小さな決心が私の中に突然生まれた。「いつか小さな同窓会をしよう、誰のことも名前で呼び合うだけの。再会できたことが本当に嬉しいと伝え合うだけの、手作りの同窓会をしよう」

それは、生まれ育った土地を離れて暮らしている彼の悲しみが他人事とは思えなかったからだ。私も長年離れていた故郷にUターンし、キッチンスペースをこしらえたものの、人とのつながりとその先は何も見えていなかった。

あれから四年が経ち、感染症の猛威から解き放たれた初夏に、かつてのクラスのSNSのグループで仲のいい数人と企画して、お盆前日のミニ同窓会を案内した。

「茹でた枝豆くらいだけど集まろうよ」

「それならウチで採れた野菜持って行くよ」

「料理っていうより、野菜を茹でるか炒めるかくらいの簡単な物だけだよ」

「じゃあ朝のうちに持って行くよ」

「ありがとう。差し入れ大歓迎!」

「あとはハムとチーズを買って行くよ」

「隣のクラスのやつにも声かけたよ」

当日、三々五々集まる同級生を受付で名前を思い出したり、聞いたりして確認し、着席するたびに名前を大きな声で呼んで乾杯しなおした。笑顔が弾け、その笑顔が広がって他愛もない話題が始まる。また入って来た同級生も同じように大きな声で名前を呼んで迎える。最後にはひとりづつ近況報告をして応援の声を送り合った。その時間は長年憧れていた何かが結実した時間だった。

あの日の料理人の小さな悲しみは、故郷に帰ることを決めた私も抱いていた不安だった。誰もそんな不安や悲しみを声にすることは稀だ。でも偶然耳にしてしまったことで、自分の心の内を知ってしまったのだ。

誰かの小さな悲しみを、もしも知ることがあったなら、それを両手で受け止めて、包み込むように温めてみたい。それは自分自身に、見えないギフトを贈るようなことかもしれないのだから。

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書いた人/櫻井 田絵子
人財醸し家・ファシリテーター
山形県鶴岡市在住。コワーキング・キッチン「花蓮」主宰、人財育成「オフィス櫻井」代表 キャリアコンサルタント、フードコーディネーター、経営学修士。2022年エッセイ集「月のような山―あのころに戻る時間」を上梓(Amazonほか)

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