アートな小部屋・春宵一刻 vol.12 松本隆

気がつくと人生の半分以上の期間、この方の描く世界の虜になっていた。

この方とは言葉の紡ぎ手、J-POPの重鎮作詞家・松本隆さん。

この方の使う日本語の美しさには、常々、惚れ込んでいる。

「お願いよ。正直な気持ちだけ聞かせて」(「白いパラソル」)

確かに、ヘアーブローガッチリに真っ白いワンピースを着て歌う、ぶりぶりぶりっ子の聖子ちゃんは可愛かったし、当然ファンでもあった。でも、ガツンと心を掴まれて大好きなファンに格上げしたのは間違いなくこの曲の影響。

「春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ

煙草の匂いのシャツにそっと寄り添うから

何故、知り合った日から半年過ぎても

あなたって手も握らない」(「赤スイートピー」)

初めてこの曲を聴いた時の乙女心を今でも思い出す。忘れもしないこの時、松田聖子はミディアムヘアーからショートカットに変えた。それまで男子ファン一色だったコンサート会場が、女子で溢れるようになったという逸話がある。要因はそのヘアスタイルもあったと思うが、一番はこの曲の影響力だったと思う。何故なら、この歌詞が切ない乙女心を的確に表現していたから。

松本さんの歌詞にはいつもドラマがある。情景が心にすっと入ってくる。染み入るという表現がふさわしいかもしれない。歌は3分間のドラマ。そんな表現もあったけれど、その通り、松本さんの歌詞は一つの物語のようだ。だからこそ聴衆への共感力がある。書いた作品は今では2000曲以上。しかも50曲以上がヒットチャート1位を獲得。1980年代以降、松本さんの歌詞が日本中に溢れていた。

古くは

太田裕美「木綿のハンカチーフ」

近藤真彦「スニーカーぶるーす」

寺尾聰「ルビーの指輪」

そして、ご自身最大の売り上げとなったKinKi Kidsの「硝子の少年」など、曲名だけで歌詞が自然に溢れ出してしまう。とにかく浸透力があり、歌詞と音楽がその時代を覆っている。

今では、すっかりKinKi Kidsのファンとなった私なのだが、その要因は間違いなく松本さん。デビュー曲が「硝子の少年」でなかったら、私は彼らのファンになっていなかった。勿論、これは山下達郎という天才的作曲家がいたからこそなのだが、やはり松本さんならではの言葉の力が大きい。

「雨が踊るバスストップ 君は誰かに抱かれ

立ちすくむ僕のこと 見ないふりした

(略)

僕の心はひび割れたビー玉さ

覗き込めば君が逆さまに映る」  (「硝子の少年」)

映画を観ているようなこの歌詞に、胸キュンした人達がどれほどいただろう。時を経てもそれが古臭くならないのは、歌詞がいつも生きているから。その秘密は松本さんが持つ特有の観察力にある。松本さんは「好き」という単純な日本語を幾重にも表現する天才。ご本人曰く直接的なのが嫌いで、フィルター越しに表現することが好きだという。そして”人の心がふっと動く瞬間”を大切にしているという。とても繊細な作業だ。

松本さんは、「人を好きという気持ちを言葉にするのは難しい。微妙な心の動きは直接的に書くより行動の描写で表す方が伝わりやすい。たとえば、グループで映画を見に行って隣に座るとか、忘れようとするたびに胸が痛いとかそういうディテールが大事」と、「言葉の教室」(著・延江浩/マガジンハウス)の中で語っている。

常にある松本さんの観察眼と俯瞰力が印象的で、感動すら冷静さというテーブルに並べられているように理知的に整理されている。人を感動させるには自分が感動することが大事。でもそれで終わりではなくて、自分が何故感動したのか問い詰め、その答えを見つけてから書くのだという。その作業は、まるで哲学者だとご自分を表現しているけれど。私には哲学者というより詩人にしかみえない。

そんな職人気質の松本さんだが、小手先のテクニックにこだわるようになったら作詞家としては終わり!とクールにご自分の仕事を定義する。結局、本当に人の心を動かす芸術家というものは、自分が自分の才に溺れているようではできないということなのだろう。どこまでも自分を俯瞰しつつ、市井の感動の身近にいるようで、最も遠い世界に身を置いている。そんな絶妙のバランスがこれだけの名曲を生み出した秘訣なのかもしれない。



書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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