「オシャレじゃない」農業
「農業の楽しさを伝えたい」「かっこいい農業をしたい」
という言葉が巷に溢れている。農業を目指す者としては、「かっこいい農業」なんて言葉に惹かれたりもするが、一方で、なぜそこまで「楽しさ」や「かっこよさ」という表現を強調するのだろうかと思っていた。
背景には、農業はいわゆる「3K(きつい・汚い・危険、または、稼げない)」なブルーカラーの仕事である、というイメージがある。それはもちろんわかっているが、イメージにこだわりすぎるのもいかがなものだろうか。
過度なイメージ戦略が機能不全を起こすと、目も当てられないのだ。
農林水産省とファッションブランドの「ビームス(BEAMS)」が協業したプロジェクト「たがやす BEAMS JAPAN ~食のカルチャーとスタイルを伝える~」が、農業者の間でにわかに炎上しているのだ。
このプロジェクトは、農林水産省が国産農作物の消費拡大や人々の農業への興味喚起を目的に推進する「ニッポンフードシフト」の一環。ビームスジャパンと協業し、「日々の暮らしの中で『食』と『農』を考えるきっかけづくり」をめざしている。
その記者会見で発表された「農作業ウェア」が物議を醸している。
ビームスは「農業にも使えるけど”ガチ”すぎず、普段から着られるディティール満載」をコンセプトに、ストリートカジュアルの要素を取り入れたウエアを発表。コーチジャケット(税込2万4200円)、パンツ(同2万2000円)、ベスト(同1万3200円)、手甲(同6600円)の4種を展開している。
さて、お気づきだと思うが、まず「農業ウェア」なのに、価格設定が高いのである。ビームスの服と考えるなら、致し方ない価格なのだが、ワークマンやホームセンターで数千円の作業着を着ている農家からすれば、とんでもなく高い。
しかも、私のようなファッションへの造詣が深くない人間からすると、「なんかダサくない?」という感じなのである。デカデカと農水省のタグもが貼り付けられ、「いや、農水省の職員じゃないですから」という恥ずかしさがある。
しかし、今回のコンセプトは「日々の暮らしの中で『食』と『農』を考えるきっかけづくり」なのだから、ターゲットはビームスを普段着るような都会の若者たちだ。そう考えれば、価格設定や尖った(?)ファッション性にもうなずけないことはない。
一番問題なのは、特設サイトの中でディレクター兼農家の加藤忠幸氏が、このプロジェクトに取り組む意義をこのように発言していることだろう。
「うちの会社ってやっぱり、ファッションとかライフスタイルを提案したり、カルチャーを伝える会社だから、(中略)一人一人色んな社員によるビームスらしいスタイルを構築したり提案するっていうのは、生活が豊かになるように日本国内だけじゃなく、世界に発信できる良い会社なんだって、思うよね。ぶっちゃけ農業って“オシャレじゃない”って思っちゃうじゃん。けど今回の取り組みで、うちらがやる事で、「いいな」って思う人がいたらいいなって!」
「農業ってオシャレじゃない」
まあ…確かにそうかもしれない。
「お洒落」とは「服装や化粧などを洗練したものにしようと気を配ること。洗練されていること。また、そのさまや、その人」を意味する。
泥や土埃で汚れる農業では、服装や化粧を洗練させるのはかなり難しい話だ。
でも、これを読んだ人が感じとってしまうのは、農業がファッション的にお洒落じゃない、ということではない。お洒落じゃない、つまり「かっこよくない」「ダサい」と言われている気がするのだ。
たとえば知らない人に「あなたって、ダサいよね」と面と向かって言われたとする。ファッションセンスがなかったとしても、服装の問題だけでなく、自分の存在まで否定されてしまったような気がするのではないだろうか。
だから、ビームスと農水省にはもう少し言葉を選んでほしかった、というのが本音である。
かっこいい農業ってなんだろう?
さて、農業者のもやもやを理解していただいたところで、「お洒落」もとい、「かっこいい農業」とはどんな農業だろうか。
「かっこいい農業」をキーワードにしたインターネットの記事を見てみると、こんな共通項が見えてくる。
・稼げる
・高齢者だけでなく、若い人がやっている
・ファッションにも気を遣っている
・消費者との交流がある など
裏返せば今までの農業は「稼げない」「若い人が少ない」「汚れる」「消費者からの認知度が低い」という課題が見えてくる。
こうした産業そのものの問題を解決することは大切だ。
だけど、本当に「かっこいい農業」は、それだけなのだろうか。
・高品質で安全な農産物を消費者に届ける
・どんな自然環境にも対応して、農産物を生産し続ける
・営農することによって、地域の景観や環境を保全する など
こうした価値観は、地味だけれど、今までの農業の中にもあったものであり、「かっこいい」価値観だ。
「かっこいい農業とはなにか」という問いを「かっこいい仕事とはなにか」に置き換えてみよう。その答えは人によってさまざまで、単に稼げたり、華やかだったりするだけではないはずだ。
もちろん、子どもや友人に「かっこいい仕事だね」と言われたいけれど、そう言われるために仕事をしているのではない。今までの農業にもかっこよさはあって、これからの農業にどんなかっこよさを求めるかは自分次第だ。他の仕事だってそうだろう。
そんなプライドを持って仕事ができる「かっこいい大人」になりたいものである。
書いた人/小林麻衣子
神奈川県出身、北海道在住。大学卒業後、農業系出版社で編集者として雑誌制作に携わったのち、新規就農を目指して夫婦で北海道安平町に移住。2021年4月からメロン農家見習いとして農業研修に励むかたわら、ライターとしても活動中。
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