アートな小部屋・春宵一刻 vol.6 作家・瀬戸内寂聴

11月に女流作家の瀬戸内寂聴さんが99歳で亡くなった。実に多作の作家であった。私も随分、彼女の本を読んだ。

子宮作家と世間から批判された問題作『花芯』、自分の激しい恋を赤裸々に描いた『夏の終わり』、革命家、伊藤野枝の波乱の人生を表現した『美は乱調にあり』、芸術は爆発だ!の岡本太郎の母、岡本かの子を描いた『かの子繚乱』、紫式部の『源氏物語』の現代語訳。

ここに書ききれないほどの作品を読んだ。特に、寂聴さんは女性を描いた作品が多い。女性の持つ劫の深さ、情念、そういった恥部みたいなものを品を損なうことなく表現し続けた作家であり、どこまでも人間の「自由」を求めた作家だったと思う。

僧侶としての記憶が強い寂聴さんであるが、寂聴さんが仏門に入ったのは51歳だった。のちに、本人曰くこの出来事を「更年期」の一種だったかもしれないと笑っていた。しかし、そう言いながらも僧侶になってからは定期的に法話の会を開催し、多くの悲しみを救ってきた。いつも、この説法会は大人気で長く雑誌にも掲載された。

思い出深い名言もたくさん残っている。

「恋は雷に打たれたようなものなんです。何か理由があって好きなのはほんとの恋愛じゃないと思います。何かわけがわからないけれど好きになる。恋愛なんてそんなものです」

そんな、本音メッセージが多くの人の心を掴んだ。

同時に、一生涯、正直に生きた人でもあった。中でも、作家井上光晴との恋愛は有名な話。妻子ある作家との恋であった。にもかかわらず、この不倫劇を井上氏の愛娘、井上荒野は寂聴さんに取材をし、『彼方にいる鬼』という作品に仕立て上げている。作家同士だから分かる感覚なのか、なんとも不思議な繋がりともいえる。のちに、寂聴さんについて荒野さんは、「無邪気で、この世の女の豊かさを全部持っている人でした」と語っている。どこまで人たらしな方なのでしょう。

寂聴さん自身は若くして結婚し、許されぬ恋に身を焦がし、幼子を残して家を出た。結局、その恋は成就することなく、作家の道を志す。その在り方を寂聴さんは「鬼」と表現した。しかし、私には、その姿は、鬼というよりも、どこまでも心の自由と、自立を求めた生き方に見える。勿論、自由には世間の反発がつきものだ。でも、彼女は恐れず、怯まず、自分の生き方を貫いた。同時に、自由のために戦った多くの女達の人生を描き続けた。男尊女卑の残る昭和の時代にである。

まさに、自由とは決心である。それを寂聴さんの作品群が語っている。でも、その自由さは、どこかおおらかな風が吹いているようだ。それは、寂聴さんが気持ちのいい「ケセラセラ」を内包する寛容な人だったからかもしれない。

墓石には、『愛した・書いた・祈った』こう記されている。

書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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