アートな小部屋・春宵一刻 vol.2「坂の上の雲」

坂の上の雲

【アートな小部屋・春宵一刻】

サステナブルな視点を持った人たちが、アート、本、映画などについて語る小部屋。
「春の夜は雅趣に富み、そのすばらしさは千金に値するもの」という意から、
この小部屋を訪れた皆さんのひとときがそうあってもらえたらと願っています。

まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている

司馬遼太郎「坂の上の雲」より

この一文が、どれほどこの作品を引き立たせていることかと思う。しかし、それ以上に、この作品を最高に格上げしたのは、紛れもないNHKのスペシャル大河ドラマだったと思う。その理由は、渡辺謙によるドラマのナレーションの作り方だ。

実に効果的だった。司馬遼太郎の文章の美しさと、ナレーションのために要約された台本が素晴らしかったと思う。耳に焼き付いて離れなかった。できることなら、その全文を載せたいところだが、それは無理というもの。

明治維新によって、日本人ははじめて近代的な「国家」というものをもった。誰もが“国民”になった。近代国家を創り上げようというのは、もともと維新成立の大目的であったし、維新後の新国民達の「少年のような希望」であった

司馬遼太郎「坂の上の雲」より

聞いているだけで、ただ、その世界に引き込まれる。しかも俳優陣が演じる三人の男、秋山好古・秋山真之・正岡子規があまりにも素敵だった。おかげで、この小説が100倍輝いた。

日本近代文学に多大な影響を与えた正岡子規は、野球という表記を初めて発案した人物で言葉遊びの達人でもある。その親友秋山真之は、海軍軍人で日本海海戦出撃の際の報告電報の一節で、名文と評された「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」の作者でもある。そしてその兄「日本騎兵の父」と云われた陸軍大将の秋山好古は、世界最強の騎兵集団を破るという偉業をなした。この才能あふれる三人が、そろって伊予松山の出身で、同時代に生まれていることになんともいえない運命を感じさせる。それだけではなく、とにかく、この三人のまわりの登場人物も華やかだ。ペンネームマニアの子規から名前をとった夏目漱石をはじめ、南方熊楠、山田美妙など錚々たるメンバーがともに時代を作る。

そして彼らについて

彼らは、明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。登っていく坂の上の青い天に、もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて、坂を登ってゆくであろう

司馬遼太郎「坂の上の雲」より

というナレーションのくだりで表現される。ここにロマンを感じない人がいるのだろうか。渡辺謙さんの声も良かった。司馬さんの文章も詩的だ。確かに俳優もみな、素晴らしかったけれど、このドラマの凄みはここに凝縮されていると思う。これでもかというくらいに、最高のものが揃うと瞬間に人の心を動かしてしまうほどの凄みや、相乗効果を発揮するものなのだと改めて思った。

最近は動画配信などの便利さゆえに、TV離れが進んでいるという。それも無理のない話だと思いつつも、それでもTV制作者は、皆作り手として一心に励んでいると思う。そう思う時、やはりTVもまた日本の文化の一つなのだと改めて思う。TVが時代を作っていた。今は死語となるのか「お茶の間」の人気者はTVから生まれた。ドリフターズを見ると祖母からお叱りを受けたものだ。それだけTVの影響力があったということだし。昨日のベストテンの順位がわからないと、なんとなく恥ずかしくもあった。要は、集団意識に取り込まれていた時代ともいえる。集団の意識が自分の意識を作っていたとも言える。

反して、現代は、チョイスの時代。自分が選んだものしか見なくていい時代。集団より個人が優先されるので、他人からの影響を受けづらいということなのだろうか。他人の影響を受けまくりの「坂の上の雲」の三人に今を見てどう思うか聞いてみたい気分である。

書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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