岐阜の宿から~フランス帰りの神主のつぶやき~ vol.2 「予定調和の国、ニッポン 」

せめて月1回は書こうと思っていたのに、気づいたらもう2月も下旬になってしまいました。ゴメンナサイ。ということで、時間がたってしまいましたが、前回TGVの話を書いたので、今回もその続きで話を始めてみましょう。フランスの新幹線TGVがよく遅れることは前回ご紹介した通りですが、それ以外にも日本人には驚きの出来事がてんこ盛りです。今回はひとつずつご紹介してみます。

<列車がどのホームに入ってくるかは20分前にならないと表示されない>

日本では、東京や大阪などの大きな駅でも、何時何分発の新幹線はどのホームから出るかということは、基本的に決まっています。なので、混雑を避けて30分後の列車に乗って座りたいときは、該当ホームに行って待っていれば大丈夫です。

しかしフランスではどんな田舎の駅でも、20分前にならないと何番ホームから出発するか表示されないことになっています。したがって利用者は、掲示板の前でじっと待つことになります。どのホームに来るかわかっていても、遅延情報がしょっちゅう出るため、ホームに行くのが早すぎると、場合によっては何時間もホームで待たなくてはならなくなるので、とりあえず表示が出るまでは皆掲示板の前にいます。モンパルナスのような大きな駅では、待つ人の数も半端ではないので、表示が出たとたんに人々の大移動が始まるさまは、なかなか圧巻でちょっとした見ものでもあります。

<列車は定位置には止まらない、扉はひと車両に1つ>

日本で新幹線に乗る時は、指定の号車の前か後ろの扉の位置に立って、並んで待ちますね。

ところがフランスでは(というより、基本的に日本以外の国では)、列車が決められた場所にピタリと止まる、などという芸当を見せることはありません。「大体この辺」でオッケーで、後はお客が動きます。当然並んで待つなんてことは、ありません。

TGVに乗る際は、1~3号車はA地点、4~6号車はB地点…と言った具合に、3両ごとに地点が決められていて、皆そのあたりに何となくたむろして、列車の到着を待ちます。

いよいよ列車が入ってくると、人々は自分の号車めがけて移動します。TGVは基本的に全席指定なので、皆それぞれ自分の号車を目指すのですが、扉が車両ごとに1か所しかないので、列車が停車すると扉の前に一気に人だかりができます。扉を中心に、ホーム上に大勢の人が扇型に集まるのです。そうして降りてくる人を待ちます。

<車両には、2段登って乗車する>

日本の新幹線との大きな違いのひとつに、ホームと列車の床の高さが同じではないという点があります。

そして1か所しかない扉付近は、大変混雑します。まず降りる人を待つのですが、車内に長蛇の列が見えると、うんざりします。待っても待っても降りてくる人々。しかもホームから2段高い位置(しかも1段が高い)から降りてくるので、重い荷物を持った女性などは大変です。お年寄りなど、ほぼ不可能。待つ側も、日本のようにお行儀よく列を作っているわけではないので、だんだん殺気立ってくる人もいます。しかしそんな中でも、女性とお年寄りには手を貸し、順番を譲るのは、最低限のマナー。結構みんなで助け合って、この状況を乗り越えます。

いよいよ最後の客が降りる頃には、出発の合図の笛が鳴りだします。焦る気持ちを抑えつつ、今度は1人ずつ2段登って乗車。やっぱり子供と女性とお年寄りを優先しつつ、何とかみんなの乗車が終了するころには、とっくに出発予定時刻は過ぎています。こうやってTGVは、駅ごとにほぼ確実に遅れていくのです。

わかっていたら修正すればいいじゃんと思うのですが、そうならないのがフランス(というよりほぼ日本以外の国)。

ただ、登らないと乗車できないという構造上の問題の原因は、TGVがローカル線と同じ線路を走っているからで、ホームをTGVの高さに合わせると他の列車の乗り降りができなくなるという、れっきとした(?)理由があります。…それにしても、ですね。

<車幅が狭いので、荷物を持っての車内の移動が非常に困難>

ローカル線の線路を走ってるという理由から、車幅も日本の新幹線と比べるととても狭く、またイス同士の間隔も狭いので、荷物を置くスペースがありません。乗降口付近と、場合によっては車両の真ん中あたりにスーツケース置き場があるのですが、十分な広さでではなく、混雑するバカンスシーズンなどには、大きな荷物を抱えて途方に暮れている人の姿をしばしば見ます。車内にスーツケースを持ち込んでも置く場所がないので通路をふさいでしまうし、そもそも通路が狭いので、大きな荷物を抱えての移動自体が極めて困難です。そんな時は車両の連結部に荷物を放置して、座席に着くしかありません。僕も何度かそうしました。ということで、時期によっては連結部が荷物に溢れ返るのです。

つまり、やっとの思いで乗り込んだ後も、荷物をどうするかという難問が待ち受けているのです。

<全席指定なのに、自分の席に他人が座っている>

前にも述べたように、TGVは基本的に全席指定です。したがって普通は、チケットを買うと何時発の何号車の何番の席と印刷されています。ところが、よくオーバーブッキングがあったり、直前で安売りをしたチケットが「空きがあったら座っていいチケット」などと書いてあったりする(!)ので、誰でも座れる席も連結部分などに設けられています(そこが荷物で覆いつくされていることもよくある)。

そうするとどんなことが起こるか。

車内に入ると、まず自分の席を目指して行きますが、誰かが座っていることがある。その場合、車内が混んでいる時はチケットを見せて、お互い納得すれば席を移動してもらいます。納得すればというのは、座っている人のチケットが別の号車の同じ席だとか、別の日の同じ席だったりして、本人はそこが自分の席だと思い込んでいることがままあるし、逆に自分が間違っていることも時々あるので(笑)、確認が必要なのです。

しかし車内がすいている時などは面倒なので、空いている別の席に座ります。すると次の駅でその席のチケットを持った人が乗り込んできて「どいてねっ」て言われるので、そうだよねって言って本来の自分の席の人に「どいてねっ」て言って移動する、なんてことが割とよくあるのです。

ということで、車内に入ってからも、クリアすべき課題がもうひとつあるのです。

ちなみに、TGVのシートは回転式ではありません。固定されていて、前に進もうが後ろに進もうがずっと同じ向きです。そして、必ずあるのが4人掛けの向き合った席。見知らぬ人と向き合ったまま数時間を過ごすのも、慣れてしまえば普通のことになります。

こんな風に、TGVひとつとっても、一事が万事日本とは勝手が違うのですが、最後に極めつけを一つ。

<列車が逆から入ってくる!?>

ある時、3号車あたりのチケットを持っていた僕は、例によってホームのA地点でTGVを待っていました。いよいよ列車が入線し、扉付近に移動しようとしたところ、先頭の車両が16号車になっているではありませんか! 一瞬我が目を疑いましたが、間違いありません。どうやら本来1号車から入ってくるはずの列車が、逆から入ってきてしまったようなのです!!

ということは、3号車はE地点に停まるわけです。そのことに気づいた乗客たちは、大慌てで移動を始めます。端から端なので数百メートルを短時間で移動しなければならない。しかも大きな荷物を抱えて…。ホームの上はまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎです。乗客たちは罵詈雑言を吐きながら、それでも何とか列車に乗り込みました。駅員も慌てていたので、きっと彼らも知らなかったのでしょう。

全く信じられない話だと思いますが、このできごとは一度きりではなく、20数年の滞在中、2~3回はありました。理由は、不明です。

もし日本で同じことが起こったら、翌日のトップニュースを飾ることは間違いないし、経営陣も総とっかえぐらいの勢いでしょう。しかしフランスでは、たまにではありますが、起こりうることなのです。

さて、これらのことをどう解釈すればいいのでしょうか。

一言でいえば、日本は「予定調和」の国。

混乱が起こらないように、あらかじめ綿密な計画がなされ、それを寸分たがわず実行する力が、日本社会にはあります。

新幹線に乗る時は、購入したチケットに記入された時刻に従って、決められたホームの決まった場所で列車を待ち、指定の席に座ると列車は時間通りに出発して時間通りに目的地に到着する。人々はそれを当然のこととし、それを前提で世の中が回っていく。

この仕組みを維持するためには、途方もない努力が求められるが、その努力を惜しむことは美徳に反する。

したがって、日本に来た外国人は、この社会の完璧さに「まるでおとぎの国のようだ」と感嘆し賛美するのです。

これは本当に素晴らしいことです。しかし、2つ問題点があります。

ひとつは、物事は予定通りにいかないことがある、ということ。危機管理能力などという言葉に置き換えるとわかりやすいかもしれませんが、日本人は物事がスムーズに行くことに慣れ切ってしまっているため、想定外の出来事に出くわした時の対応力が培われていない。ウロウロオドオドして、どうしていいかわからなくなってしまう。

しかし、フランスをはじめとする世界各国の日常は、想定外のことで溢れている。というより、そもそもそれを前提として生きている。だから指定席に他人が座っていようが、列車が逆から入ってこようが、あくまで起こりうること。いつなんどき何が起きるかわからない、という覚悟(?)を持って、日常を送っているのです。この逞しさが、日本社会では育ちにくい(しかし実は日本人は、地震などの大災害には他国とは比較にならないほどの対応力を発揮します。つまりいざとなると、ギアチェンジができるのです。これはまた別の機会に…)。

もう一つ、この社会は、サービスを受ける側に回ればパラダイスと言えますが、サービスを提供する側に回ると(人によっては)地獄の苦しみを味わうことになる、ということ。これは日本人の働き方の問題ともかかわりますが、恐らく我々日本人の普通の働き方を、外国の人に体験してもらうと、民族にもよりますが、少なくともフランス人には耐えがたい仕打ちだととらえる人が多いでしょう。

とても長くなってしまったので、今日はここで終わりますが、フランス社会を経験して、今僕は、問題は起こって当たり前という心持ちで暮らす方が人間らしいのではないか、と思っています。そのぐらいのゆとりがあった方が、いちいち騒がなくて済む。平和な心持ちも保てます。

まあ、問題の程度にもよりますけどね…。

ではまた次回。

書いた人/保井円
宗教法人大和神社 禰宜。古民家貸別荘「宿屋揖斐川」オーナー経営者。サンシール日仏友好協会名誉会長。1993~2013年までフランス中部のサンシール市にあったフランス甲南学園トゥレーヌに国語教師として勤務。学園閉校後、観光業に携わり、2016年に帰国。古き良き日本文化を伝えるため、実家の古民家を改装し、2019年より宿屋揖斐川を始める。

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