アートな小部屋・春宵一刻 vol.8 「半分、青い」

時折、何度も観たくなってしまうドラマがある。それがNHKの朝の連続テレビ小説『半分、青い』。内容は1970年代に岐阜で生まれ、左耳の聴力を失った主人公・すずめが、漫画家を目指し、挫折しながらも人として、女性として成長していくストーリー。現在はNetflixなどの動画配信で確認できる。この作品の魅力は登場人物、ストーリー展開の絶妙さもあるのだが、なんといっても脚本家・北川悦吏子の生み出す言葉にある。

北川氏は言わずと知れたヒットメーカー。かつては、恋愛の神様ともいわれた。

ロンバケブームを起こした『ロングバケーション』、トヨエツブームを起こした『愛してると言ってくれ』、そして向田邦子賞、橋田賞を受賞した『ビューティフルライフ』など、胸キュンの作品を書かせたらこの人の右に出る者はいない。北川氏の作品の肝は、この脚本家が見ている”世界観”にある。その世界観が、セリフひと言ひと言に反映されていることで、多くの視聴者を魅了していく。

作中、すずめは憧れの漫画家、秋風羽織の作品にのめり込み、漫画家を目指そうと決意する瞬間にこう話す。「この世界がこんな風に見える眼鏡があるなら、その眼鏡を私にも貸してほしいと思った」。この言葉を聞いた時、なんて言い得て妙なのだろうと思った。

アートつまり芸術の醍醐味はここにある。私は、素晴らしいアーティストに感動する時、同じことを思う。同じ人間として生まれてきながらどうして見える世界がこんな違うのだろう! 見る角度を変えるだけでこの世界がこんなにカラフルに、個性的な世界に変換されるのだろうと感動してしまう。

「リアルを拾え!想像は負ける」

「逃げるな!創作物は人が試される。その人が、どれだけ痛みと向き合ったか。

憎しみと向き合ったか。喜びを喜びとして受け止めたかだ。」

(「秋風羽織の教え 人生は半分青い」マガジンハウス刊より)

すずめも、師匠の秋風羽織も、まるで詩人のように言葉を紡ぎ出す。その言葉は全て脚本家・北川氏のリアルから生まれた言葉だ。

最近はTVを置かない家が増えているという。TVを見ることがない。TVは無意味。そしてTVドラマは低俗。そういった評価もある。確かに、TV番組全てが有意義なものではない。でも、「TVドラマって紛れもなく作品じゃない?」って思う。プロデューサーがいてディレクターがいて。脚本家がいて、俳優がいる。作り方が違うだけで、映画も舞台も、物語を表現する、演じるということにおいては、「TVドラマも同じではないのだろうか」とさえ思う。

文芸作品に「戯曲」という分野がある。専門家からすると、脚本と戯曲は違うとお叱りを受けそうだが…。素人からすると、違いなんてそう問題ではないし、そもそも違いなんてわからない。物語を表現する。その一点において脚本も小説も戯曲もそう変わりはしない。私などは、ただ一つその作品が”感動を与えてくれたらそれでいい”。

すずめが師匠の秋風にこう語る場面がある。

「自分の心を見つめ続けることが創作の原点なら、それは苦しい仕事ではありませんか?」

師匠の秋風はこう答える。

「見つめている時にはな。だがそれが、美しい物語に昇華した時に、そして多くの読者が読んでくれた時に、君のその心も癒やされるのだ」と。

この言葉通り、物語には人を癒す力があるのは紛れもない事実だ。だったら、その癒しの源泉であってくれさえすればどんなジャンルであってもいいのではないかと私は思う。だから、ときどき「半分、青い」が観たくなる。自分に絶望する夜に。なぜだかわからない孤独を感じる1日の終わりに。

書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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