我が家にはエアコンがない。
北海道在住の人ならご存知だろうが、なんと道内のエアコン普及率は約4割。関東に住んでいた私にとっては考えられないのだが、夏場も涼しいためわざわざエアコンを使う必要がなかったのだという。
必要が「なかった」と過去形で書いたのは、今年7月の札幌では統計開始以来、最も高い月間平均気温と最も少ない降水量を記録したからだ。そう、今年の北海道はとんでもなく暑かった。
めったに30度を超えることがない安平町でも、7月下旬から8月上旬にかけて連日猛暑日が続いた。部屋を涼しくできるものといえば、東京から持ってきた扇風機が2台と、窓を全開にして入ってくる風のみ。さらに不幸なことに、集合団地の我が家はとても断熱性にすぐれた構造をしているので、日中の熱気が家の中に留まり、大変寝苦しい夜が続いた。
いつもと違う?ビート畑
そんな猛暑日が続くなか、「ビート畑の草刈りを手伝ってほしい」と地域の農家さんから声をかけてもらい、私たち夫婦は初めて農作業バイトをすることになった。
みなさんは「ビート」という野菜を知っているだろうか。
ビートとは、甜菜(てんさい)のこと。砂糖の原料となる作物で、国産の砂糖の約8割はビートから作られているという。国内で生産されるビートのほとんどが北海道産で、田園地帯に行けば、緑色の絨毯のようなビート畑が広がる。
よく畑を見ると、足首くらいの高さのビートの葉の上に、人の背丈ほどもある草がひょっこりと飛び出ている。農作業バイトは、畑の中に点在するこの雑草を刈り取るのがミッションだ。
青い空、白い雲、どこまでも続く緑の畑……。その広さは5町歩、およそ東京ドーム1個分だ。ちなみに作業をするのは私と夫の2人だけである。
北海道の農業といえば、大規模な畑を大きな農業用機械を使って作業をするイメージだが、じつは畑の中に生えた雑草は手作業でとることが多い。畑の畝間をのしのしと歩いて、雑草と出会ったら鎌で刈り取る。これをひたすら繰り返す。しかもこの日の気温は30度越え。差し入れでもらった大量のスポーツドリンクも、あっという間に飲み干してしまった。
「このままだと干からびるのでは……」
と思わずつぶやいてしまうような陽気。1日半かけてやっとの思いで全ての雑草を取り切ることができた。それにしても暑さのせいで、なんだかビートも萎れているような気がする。
干ばつと気候変動
それもそのはず、今年の北海道の夏は100年に1度と言われる干ばつの年だったのだ。7月にほとんど雨が降らなかったおかげで畑の土はカラカラ。ビートやタマネギは乾燥のせいで枯れてしまった地域もあるほか、牧場の牛たちも例年にない暑さで夏バテ気味だったという。「とにかく早く雨が降ってほしい」と、農業者の間では危機感が募っていた。
ほぼ同時期の8月に報道されたのが、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、人間が地球の気候を温暖化させてきたことに「疑う余地がない」とする報告(環境省「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル」)を公表したというものだ。
干ばつと気候変動。この二つのニュースが目に見える形で結びついたのが、今年の北海道の夏だった。この記事を書いている今はエアコン不要の涼しい北海道に戻っている。じきに冬がやってくるだろう。喉元過ぎれば、この夏の暑さを忘れてしまう人がいるかもしれない。でも、近い将来、もっと暑い夏が来ることをわたしたちは覚えておかなくてはならないはずだ。
(つづく)
書いた人/小林麻衣子
神奈川県出身、北海道在住。大学卒業後、農業系出版社で編集者として雑誌制作に携わったのち、新規就農を目指して夫婦で北海道安平町に移住。2021年4月からメロン農家見習いとして農業研修に励むかたわら、ライターとしても活動中。
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