アートな小部屋・春宵一刻 vol.9『「違うこと」をしないこと』

2018年に出版されたその本は2022年で7版発行されたことになる。本の売れない時代に7版というのはなかなかの数字だ。それもそのはず、この作品『「違うこと」をしないこと』の作者は吉本ばななさん。ばななさんといえば1987 年『キッチン』という作品で一躍有名になり、それ以降『ムーンライト・シャドウ』『TSUGUMI』と多くのベストセラーを出している人気作家だ。しかしながら、実は私、ばななさんの作品にはあまり縁がない。『キッチン』は読んだけれど忘れられない一冊にはならなかったし、どこか自分とは感性の遠い人だと認識していた。

作家と読者というのは不思議な関係で、会ったことがなくても感性が近いとまるで恋人や親友みたいな気分になってくる (まぁそれは、読み手側の勝手な想いなのだが)。だから、ばななさんの感性は私の親友にはならなかった。なのに、この作品は不思議と共感できたので、遠い人から近所のお姉さんに格上げしたかもしれない。

内容は、ざっくばらんに、ばななさんの対談とエッセイが掲載されている。単純にいうと、人間は生きたいように生きられるし、なりたいようになれるはず。だから本来の自分と”違うことをしない”で生きることが大切だよねという感じの本。この「違うこと」という言い回しが素敵だなと思った。

この「違うこと」についていうと、私にとっては「気づき」の概念がとても大切。「気づき」とは、私にとってとても静寂なもの。意図的に誰かの質問に答えて出すのは気づきとは違う。私の気づきとは、もっと「ふわっと」溢れる感情のかけらみたいなもの。だからこの「気づき」が身に起こった時、とても感動する。なのに、最近この気づきを手法で起こそうとする場面に遭遇する。そんな時は、何だか言い表せないような不快感と違和感を覚える。この違和感を「違うこと」とばななさんは表現している。

一方、だからといって、団体の中の調和も大事。常に個性的でいる必要もないし、そんなことをしたら空中分解になるだけ。だけど、

「自分に正直に生きることと、ちゃんと社会性を持って生きていくということは、別にどっちかを選ばなきゃいけないことじゃなくて、ちゃんと両立できること」

と、ばななさんは語っている。

当然といえば当然なのだけれど、意外にできている人は少ないなと私は思う。知らないうちに本来の自分じゃない生き方をしている場合もあるし、相手に悪いからと気を遣う言動が、自分の心とはどこか違っていても何となく同調圧力で言えず、適当にやり過ごすことは、大人なら誰にでもあると思う。そしてそれは決して悪いことじゃないのだけれど、溜まりすぎ、行き過ぎると、自分自身との調和を崩し、物事がうまくいかなかったりする。その気づきは割と体に出やすいということもばななさんは言っている。

でも、この作品の肝は、だから体の声を聞けということではなく、とにかく自分に聞いて、自分の起点を確認することが大事なんだよと。周りの刷り込みや、現状に振り回されることで、自分がなくなって、本来の自分が何をしたいのかさえ分からなくなっている人が多いと書いてあった。

このことについて、私が思うことは「自分の言葉で語ること」ができていないからではないかと思っている。誰かの使った言葉をそのまま引用。みんなが使う言葉の乱用。それを自分の言葉と錯覚している。決して洗練された表現である必要はないし、うまく語る必要もない。でもあなたの言葉である必要がある。そして、その為には本来の自分というものを理解していることが、最低限必要なのではないかと思う。

ばななさんの父上は言わずと知れた詩人であり、思想家の吉本隆明さん。生前、ばななさんは父上に「最近、書いているものが澱んでいる、濁っている」と言われ、「なんで?」と聞いたら「自信を失っているからです」と言われたそう。その時は理解できなかったけれど、後年その通りだなと気づいたと書いてあった。なんだか羨ましくもあり、温かいエピソードだなと思えた一節だった。そして、自分から離れている、つまり「違うこと」をしているということは、自信を失っているということなのだなとも思えた。そして一言が深く突き刺さる吉本隆明、言葉を本業とする、詩人恐るべしとも思えた瞬間だった。

書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。

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