年の瀬の慌ただしさはクリスマスを祝う様々な香りとともに近づいてくる。 シナモン、モミの木、アロマキャンドル、赤ワイン… 。
この季節が大好きだった人がいた。会社員時代、仕事でお世話になった顧問のM氏だ。部署の相談役的な立場で、新規分野の仕事をしていた私のチームのことを何かと気にかけてくれていた。多彩な経験をしてきただけでなく、サンタクロースのように人を喜ばせたい人で、お腹まわりは本物のように貫禄があり、ゆっくりと首を横に振りながら歩く独特の癖で後ろからでもすぐにわかった。美食家でワインが大好きで、時折食事に誘ってくれてはわたし達からのどんな疑問にも経験からの知恵を授けてくれた。
彼より一回り年下のわたしは当時、体力勝負で仕事が沢山あることが充実していることだと思い込んでいた。Mさんはそんなわたしが限界に近いことをわかっていたのか、核心を突くような質問をしてきた。それは仕事への考え方や生き方の問いかけで、そんな直球に戸惑ったことを覚えている。
Mさんはカナダ系の国際学校で学び、大学ではアメリカに渡り、外資系の人事分野で経験を重ねて重要な役職についた人だった。人が働くということを法律よりも人としての自分の良心で判断する人で、かつて阪神大震災の時には人事責任者として会社に泊まり込み、家を無くした社員と共に暮らしの立て直しに尽力していたことを他の人から聞いたことがあった。
そんな心の広い人だと思いながらも彼の問いかけをわたしは素直には受け取れなかった。卑屈な自分が顔を出してしまい、そんな自分に戸惑ったりもしていた。
クリスマスの頃になると、Mさんは部署の同僚それぞれにプレゼントを手渡してくれた。十年ほど前のことだ。わたしへのプレゼントを開けてみると、スイーツの他に、冷蔵庫にペタンと貼るようなマグネットが入っていた。その一面には英文がぎっしりと書いてあった。
「THIS IS YOUR LIFE. −これはあなたの人生のことです」そんな書き出しの文章を読み終えると、心の内側の何かが疼くような、呻き声をあげるような痛みを感じたことを覚えている。
* * *
THIS IS YOUR LIFE. (日本語訳)
“ これはあなたの人生のことです。
自分の好きなことをやりなさい。それをどんどんやりなさい。
何か気にいらないことがあれば、それを変えなさい。
今の仕事が気にいらなければ、やめなさい。
時間がないのなら、テレビを見るのをやめなさい。
人生をかけて愛する人を探しているのなら、それもやめなさい。
その人は、あなたが好きなことを始めたときにあらわれます。
考えすぎるのをやめなさい、人生はシンプルです。
すべての感情は美しいのだから。
食事を、ひと口、ひと口味わいなさい。
そして自分の感情や心、両腕を大きく開いてみよう、 新しいことや、人との出会いに。
私たちは、お互いの違いで結びついているのだから。
あなたのまわりの人々に情熱を傾けていることを聞きなさい、 そして、その人たちにあなた自身の夢も語りなさい。
たくさん旅をしなさい。
道に迷うことで、新しい自分を発見するでしょう。
大切なチャンスは一度しか訪れません、しっかりつかみなさい。
人生とは、あなたが出会う人々であり、 その人たちとあなたが創るもの。
だから、待っていないで創りはじめなさい。
人生は短いんだよ。
情熱を身にまとい、自分の夢を生きよう。
” * * *
Mさんの訃報を聞いたのは今年の夏だった。しばらく会っていなかったことを後悔した。けれど目の前で「Life Is Short―人生は短いんだよ」と、最後の一文を語りかけてくるような姿がすぐに思い浮かんだ。
あの痛みを感じたマグネットを私は家の冷蔵庫に貼りっぱなしにして、意識もしないで何度も見てきた。今となっては、一文ごとに本当にその通りだねと、ようやく素直に言えるわたしになっていたのだ。
後にこの文章のオリジナルは、アメリカのベンチャー企業、Holstee社の有名なマニフェストのポスターだったと知った。創業時、事業計画書の代わりに作った約束事だったと言われている。どんなに緻密な計画よりもその時の意識が現実をつくっていくように、わたしもこの文章に導かれてきたのだ。
−Mさん、今ならありがとうと素直に言える。そして、あなたの最後のプレゼントは、この変化したわたしのマインドなのかもしれないね、十年の時を経て。感謝を込めて、RIP−
#50代 #キャリア #人生は短い #あなたの人生 #クリスマスプレゼント
書いた人/櫻井 田絵子
人財醸し家・ファシリテーター
山形県鶴岡市在住。コワーキング・キッチン「花蓮」主宰、人財育成「オフィス櫻井」代表 キャリアコンサルタント、フードコーディネーター、経営学修士。2022年エッセイ集「月のような山―あのころに戻る時間」を上梓(Amazonほか)
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