「最初にヤップ島を訪れたときは、冷蔵庫がある家は村に一軒。電気は通っていたけれど裸電球が一個あるだけ。そんな暮らしをしていました。今は光ケーブルが入り、電気は全ての家に入りました。一見便利なインフラができてしまったけれど、現金収入を得るために大学に進学したり、米軍に従軍したりして、みんな海外に出ていくんです」
と、大前さん。若い世代の流出は日本の都市部と地方でも同じ現象が起きていると言えるでしょう。髙野さんも大前さんの言葉に頷きます。
「この30年、グローバル化が進み地域社会が大きく変わってきました。魚の捕り方やヤシの葉を使ったマットの編み方など、伝統的な暮らしの技術が若い世代に継承されなくなっています。ただ、開発して便利な暮らしをしたいという人たちが増えている一方、もともとあるものを大事にしようという若い人も増えてるようですね」
ヤップ島を取り巻く環境が変化していく中、自然資源を守ろうと2011年に地元住民らによるNGO団体「Tamil Resources Conservation Trust (TRCT)」が設立されました。TRCTではシャコガイやナマコの養殖のほか、禁漁区を設けるなど海洋資源の保護に取り組んでいます。また、干ばつに備えた水源地の保全や雨水タンクの設置に加えて、エコプラスと協働し、日本の青少年のヤップ島滞在の受け入れも行っています。
波が変えていく人々の生活
地球温暖化の影響による海面上昇も深刻です。写真は2013年に撮影されたものですが、村の人たちが普段から使っている道が水没しているのがわかります。
「海面上昇というのは、静かに上昇してくるだけではありません。潮が高い時に天気が荒れると、波が打ち寄せてくるので、より高いところのものが破壊されていきます」
と大前さん。メンズハウスと呼ばれる伝統的な建物があった場所にも海が押し寄せ、盛土をして再建せざるをえなくなりました。さらにココヤシや主食となるタロイモ畑には塩害が発生し、人が住む場所も少しずつ浸食されていると言います。
そこでTRCTでは潮間帯にニッパヤシを植林するなど、今ある環境の保全に取り組んでいます。また、エコプラスが実施する環境教育プログラムの中では、TRCTと協力して、日本から訪れた子どもたちが現地の人たちと一緒に、植林やゴミ拾いをしています。髙野さんは次のように話します。
「多くの国が開発されていく中で、ヤップ島は、環境や伝統、石貨を守り続けてきました。自分たちの力で、なくなってしまった海洋資源をもう一回取り戻そうとしている。そんな誇り高い人たちだと思います」
TRCTはこうした活動が認められ、2019年には国連が貧困の削減や生物の多様性の保全及び持続可能な利用を進める団体に贈る「赤道賞」を受賞しました。
「環境教育を30年続けてきて生まれた、人と人とのつながりが宝物」と話す髙野さん。ヤップ島を訪れた日本の青少年たちも大人になり、環境への眼差しを持って日本各地、そして世界で活躍しています。
振り返ってみて私たちはどうでしょうか?
大雨、猛暑、少雪など日本でも毎年のように異常気象にさらされています。これからの未来のためにできることを問わなくてはならないときが来ています。
【NPO法人エコプラス】 https://www.ecoplus.jp/
お話を聞いた人
髙野孝子(たかの・たかこ)さん
1963年新潟県生まれ。冒険家。NPO法人エコプラス代表理事、早稲田大学教授、立教大学客員教授。エジンバラ大学Ph.D。1995年に冒険家5人と犬ぞりで北極海を横断(1シーズンでは世界初)。大前純一(おおまえ・じゅんいち)さん
1954年兵庫県生まれ。NPO法人エコプラス理事・事務局長。1976年京都大学理学部卒業、同年朝日新聞社入社。2002年に独立し、2004年からは新潟県南魚沼市に拠点を置く。
書いた人/小林麻衣子
神奈川県出身、北海道在住。大学卒業後、農業系出版社で編集者として雑誌制作に携わったのち、新規就農を目指して夫婦で北海道安平町に移住。2021年4月からメロン農家見習いとして農業研修に励むかたわら、ライターとしても活動中。
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