北海道の春は突然やってくる。
肌を刺すような寒さが弱まり、暖かな陽光が顔を出したら雪解けの合図だ。真っ白だった街並みは泥混じりの雪でグレーに染まり、そこかしこにできた水たまりが車のボディをびしょびしょにしたりする。道端にはフキノトウが芽生え、待ちに待った緑の季節が戻ってくる。
ニュース番組で本州の桜の開花状況が紹介されるようになる頃、北海道ではミズバショウの花が咲き出す。このあたりには湖や湿地帯に、いくつかのミズバショウの群落地があり、白い可憐な姿が立ち現れる。まさに北海道の春の風物詩だ。
この時期の農家は栽培用ハウスのビニールかけに大忙し。
狙うのは、風のない晴れた日の午前中。雪で潰されないよう、冬の間はパイプだけにしておいたハウスにビニールをかける。一見軽そうに見えるが、ビニールの長さはなんと100m。大人2人でビニールの塊を動かすのだけでも一苦労だ。
それをトラクターで広げ、人力でハウスの上まで引きずりあげる。たるまないように力いっぱいひっぱりながら、針金でハウスのパイプにビニールを固定していく。この作業だけで半日はかかる。
さらに風でビニールが飛んでいかないように、ハウスの周囲を土で固める。と言っても、スコップで土を被せるだけなのだが、これがとにかくしんどい。なにせ夫婦二人で200m以上もスコップをかけ続けるのだ。この作業のおかげでプロのスコップの使い方をちょっとだけマスターした気がする。たぶん。
畑で暮らす生き物たち
そうして土をほじくり返していると、畑に住む生き物たちがひょっこり顔を出すことがある。
アマガエルは畑や田んぼでよく出会う生き物の筆頭だ。いつの間にかハウスの中に入り込んでいて、メロンの葉を触ると飛び出してきたりするかわいらしい奴。イネにつく害虫も食べてくれるので、農家にとっては大歓迎の生き物だが、たまに暑すぎるハウスの中で干からびてしまうのだけは勘弁してほしい。
わたしたちがよくお世話になっている畑の生き物がもう一ついる。ミツバチだ。
メロンの花が咲いたら、ハウスの中に巣箱を入れてミツバチに受粉をお願いするのである。元気よく飛び立ったミツバチたちは、ハウスの中で咲いているメロンの花をちゃんと見つけて、その中にもぞもぞと入っていく。その様子がちょっと間抜けで愛らしい。
ハチに刺されないの?と思う方もいるかもしれないが、ミツバチは基本的にこちらが攻撃しない限りほとんど人を刺すことがない。だからハウスの中で自分のそばを飛んでいくミツバチの羽音がわかるくらい近くで作業をする。最初こそ「万が一刺されたらどうしよう」などと考えていたけれど、今では畑で一緒に働く同僚だ。
農業では、畑に住む生き物や土、天候などに作物の生長を助けてもらう。むしろ人間はその手伝いをしているにすぎない。そんな当たり前のことに気づくことができたのも、農業という世界に飛び込んでみたからだ。
人の近くで、じつはいっしょに暮らしている生き物たち。視点を変えて探してみたら、意外とあなたの近くにもいるのかも。
(つづく)
書いた人/小林麻衣子
神奈川県出身、北海道在住。大学卒業後、農業系出版社で編集者として雑誌制作に携わったのち、新規就農を目指して夫婦で北海道安平町に移住。2021年4月からメロン農家見習いとして農業研修に励むかたわら、ライターとしても活動中。
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