LINKな人 vol.10  本田恵久さん(NPO法人こどもと農がつながる給食だんだん 代表理事)

フランスで、地域で健康と栄養と環境に配慮した持続可能な給食を作るための活動を行っているCPPという団体があります。グローバリゼーションによる食のスタンダード化や工業化に対して危機感を持った学校給食の調理員や栄養士が有志で集まり、2008年に発足しました。このCPPに携わってきた日本人女性が、今回の主人公である本田恵久さんです。本田さんは、「NPO法人こどもと農がつながる給食だんだん(CPPジャパン)」を立ち上げ、日本でも豊かな学校給食を目指し、同様の活動を行おうと全国を飛び回っています。

転機は、フランスで働いたオーガニック農家レストラン

福島県出身の本田さん、家の周辺には自然が残り、家では畑を作り、おやつをはじめ口にするものはほとんど手作りという家庭で育ちました。大学生になり、東京へ。美しいフランス菓子に魅了され、在学中から菓子店でパティシエとして仕事をしていましたが、「ハード過ぎて、これは60歳まで続けられないなと思いました」と振り返ります。

今後のキャリアについて思い悩んでいた30代後半の2006年、一度リセットしようとフランスへ行くことにします。語学を学び、そのあとノルマンディーにあるオーガニック農家のレストランで働くことに。

「そこのレストランでは使う食材のほとんどが自分たちのところで作ったものでした。野菜はもちろん、豚も自分たちで飼い、小麦も栽培。太陽光エネルギーで粉を挽いてパンにしていました。環境、健康に配慮した食は、これまで私がいた世界とは違った視点を与えてくれました」

フランスにいた頃の本田さん

環境や健康のことを考えたら、まずは子どもたちの給食から

本田さんはそこのレストランに9年在籍。その間、料理人たちでオーガニックについて勉強会をしようという話が持ち上がります。レストランの料理は美しくて美味しいことが大前提ですが、その中で環境に配慮した地場の食材を用いることや、それらを用いて栄養を保つための調理法などを皆で話し合い、学び合ったそう。

「そのとき、いくらレストランでオーガニックな料理を提供していても、普段の食事から変えていかなければ意味がないのでは?となりました。環境のため、健康のため、オーガニックな食事を取らなければならないのは、まずは子どもたちだよね、それなら給食を変えなきゃねとなりました」

そうして2015年にCPPが誕生しました。本田さんが働いていたレストランのオーナーであったフィリップ・エネさんらが創立メンバーとなり、オーガニック給食の実現に向けて全国で活動を続け、フランス初の100%オーガニック給食のセンターを立ち上げることに成功します。本田さんも給食レシピを提供するなど活動に関わります。

CPPでは、調理師たちと勉強会などを行いました

優先すべきは経済か? 健康か? ロンドンで感じた食のひずみ

その後、本田さんは仕事の都合でイギリスへ渡ります。ロンドンで本田さんが見たのは、食の工業化と食生活の乱れでした。

「どこから来たか分からない原材料を使ったもの、長持ちさせるように添加物が使われているものなどがいたるところにあり、経済的な側面から見ればいいことなのでしょうけど、健康や環境のことを考えるとどうなのかなと。そして、家族がそろって食事をするのではなく、好きな時間に好きなものを食べている印象がありました。野菜を食べたがらない子どもが多いのも気になりました。売られているものは味が濃く、一度食べると癖になり、人はもっと味の濃いものを求めるようになります。食のひずみを感じました」

そのような状況を目の当たりにし、ある想いが湧きあがります。

「長い間、食に関する仕事に携わってきて、これから先、自分がやらなければならないのは、健康や環境を無視し、経済効果を生むための食べ物を作るのではなく、未来のことを考え、環境や命の土台を作る持続可能な食を広めていくことなのではないかと思いました」

故郷である日本の子どもたちのために動きたいと思った本田さんは、フランス時代の経験を生かそうと考え、CPPジャパンを立ち上げることにします。

日本でオーガニック給食の普及を。夏にはフランスから講師を招き、全国で研修会を実施

給食をオーガニックにするというのは並大抵のことではできません。越えなければならないたくさんのハードルもあります。それでも子どもたちにオーガニック給食を食べさせたいという想いで、2021年ごろから少しずつ活動をはじめます。コロナ禍だったこともあり、オンラインでフランスの実例を紹介する勉強会を開催するなど、コツコツと活動を続けてきました。

2022年の夏に「NPO法人こどもと農がつながる給食だんだん」を設立。フランス在住の調理師である遠藤美香さん、高知県で子ども園の給食をオーガニックにするために活動している大石真司さんら9人が理事として参加しています。農業関係者、栄養士、子どもを持つ母親によるグループのメンバーも理事にいるそう。皆同じような想いを持つメンバーばかりです。

「だんだん」とは、島根県の方言で「ありがとう」という意味。あらゆるものに対する温かな感謝と、「少しずつ、一歩一歩」オーガニック給食を広めていきたいという想いが込められています。

昨年は7~8月にかけ、フィリップ・エネさんらをフランスから招き、全国各地で講演や意見交換などを含む研修会を開催しました。千葉県成田市では無化学農薬、有機肥料栽培を行っている「おかげさま農場」を訪問したり、石川県金沢市では加賀能登野菜を使ったメニューを調理し、地元の栄養士や調理師らと意見を交わしたりしました。長野県佐久市では、農薬や化学肥料を使わずに野菜を育てている「八菜農園」で野菜を収穫し、参加者で調理も行い、食事をしながら情報交換を行いました。

「研修会をきっかけに、各地で動きがあったことがうれしかったです。成田市は、市議の方が、給食センターの職員らと給食で使う食品選定基準を議会に提出しました。高知市では調理師たちのネットワークができて、活発に情報交換をしています。少しずつ輪が広がっていくのはうれしいです」

今年もフランスから講師陣を招き、7月から順に全国を回ることが決まっています(研修会の詳細は後日記事をアップします)。本田さんは全国の研修会の準備をする傍ら、すでに来年の開催に向けて各地を回り、視察や提案などを行っているそう。

2022年の成田市での研修会時の様子。左端が本田さん

食材はもちろん、作る人から食べる人へ渡す有機的な繋がりを大事にしたい

実は本田さん、日本とイギリスの2拠点生活。日本では生まれ育った福島で生活しています。一方イギリスでは、都会のロンドンを離れ、オックスフォードの近くにある小さな村に住んでいます。200年ほど前のレンガ造りの家などがまだたくさん残る、のどかな村なのだそう。ロンドンとは違い、伝統的な祭りや行事を大事にするなど、暮らし全般としては学ぶこともたくさんあると話します。

「外から日本を見ることで、何が大切なのか本質的な部分を客観的に見ることができると感じています。また、日本にいるよりフランスの情報もキャッチしやすいので、この2拠点生活を続けています」

研修会以外の今後の予定を尋ねると、「まずは年内に栄養士、調理師の情報交換のプラットフォームを作る予定です。そこでフランスの情報も取り入れながら、オーガニック食材のこと、オーガニックな調理方法のこと、栄養のことなどを発信し、みんなで勉強していけたらと思います。そこには給食関係者だけでなく、レストランのシェフがいてももちろんOK。とにかく、食のことに携わるたくさんの人たちと繋がり、全国の仲間の輪を広げたいですね」と話します。現在も月に2回はテーマを設けて、会員の人たちと勉強会を開いているそう。

「私たちが目指しているオーガニック給食は、ただ単に食材をオーガニックに変えればいいというわけではありません。調理の仕方やそこに暮らす地域の人たちとの繋がり、環境の循環もすべてひっくるめてのオーガニック。作る人から食べる人への有機的なつながりの大切さをきちんと伝えていきたいと考えています。日本にはもともと豊かな食文化が地域ごとにありました。子どもたちにそれを継承していくためにも、給食の在り方が大事だと思っています」

福島を拠点にしている本田さんに話を聞いたのは札幌。数時間後には島根へ飛ぶとのこと。全国各地でオーガニック給食への関心が高まってきているのだなと実感しました。少しでも興味があるという方はホームページを見てみてください。また、夏の研修会が開催されるエリアにお住まいの方はそちらもぜひチェックを。

公式ホームページ

2023年の研修会のチラシ

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