タンゴといえば「リベルタンゴ」。私は、アストル・ピアソラのこの曲を思い出す。ミーハーで笑ってしまうが、ヨーヨーマのチェロで初めてピアソラを聴いて一瞬で心を奪われた。2021年は、ピアソラ生誕100年の年だった。
どこか野生的で、胸が高鳴る「タンゴ」は、もともと19世紀スペインから独立したアルゼンチンが、イタリア・スペイン・ドイツ・北欧・ロシアなどから600万人もの移民を受け入れた時にブエノスアイレスという街で生まれた。生まれた由来は、移民で溢れていた街で歌って踊れる曲が欲しいと、移民の彼らが生み出したものだったそうだ。まさに市井の人の息遣いがある音楽である。
しかしながら、ピアソラの作った曲は「踊れないタンゴ」であった。クラシックの作曲家を目指していたピアソラは、タンゴにクラシック、ジャズの要素を融合させ、聴く音楽としてのタンゴを目指した。ゆえに、ピアソラは「タンゴの破壊者」と呼ばれ、自由のタンゴという意味の「リベルタンゴ」も、ブエノスアイレスで猛烈に批判されることとなる。複雑な編曲・自分の求める曲の追求。どこまでも自分を貫いたアーティストは、多くの批判と困難と戦いながら音楽革命を起こしていった。
今、日本クラッシック界を賑わす若者がいる。水野蒼生。音楽界の帝王カラヤンと同じザルツブルグ・モーツァルテルム大学で指揮を学び、クラシック界の有名レーベル「ドイツ・グラモフォン」からデビューした華麗なる経歴を持つ若手新人だ。しかし、本人曰く、名声には全く興味がないらしい。指揮者と、クラシカルDJ(クラシック音楽専門のDJ)の二つの肩書きを自由に操り、独自の音楽スタイルで初心者が楽しめるクラシック入門編を目指しているという。
2020年『BEETHOVEN -Must It Be? It Still Must Be- 』を発売。ベートーヴェンが生きていたなら新しい技術と楽器で新世界を切り拓いていたはずだと、交響曲第5番「運命」をエレキとドラムで斬新にアレンジ。聴く者の心をときめかせた! ピアソラがタンゴにジャズやクラシックを融合させたように、彼はエレキとドラムをベートーヴェンに融合させた。
社会が価値観を変容させていくように、いつの時代もまるでそれに呼応するかのように新しい音楽が創造され続ける。時に、それは批判の対象となり、専門家の間では議論にもなるが、何が正統で、何がそうでないかはさほど重要ではないと思う。なぜなら、かつてあれほど批判を浴びたピアソラの曲も今となっては多くの演奏家や私たちの心を魅了し続けている。
そう、いつの世も音楽を支えているのは奏者と聴き手側の意志なのだから。
書いた人/Masae Kawaminami
夢は、「人生がアートな世界」になること。アートとは感動であり、五感に響くすべてがアートと捉え、それが欠けた人生は無味乾燥だと考える。自他ともに認める無類の本好きで、映画・音楽・舞台への造詣も深い。どんな環境にいても、アートが人の心の拠り所であってほしいと願い、コラムを執筆。北海道在住。
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